歴史的建造物が街に存在することの価値を知ってほしい
- 光井さんは、長年にわたり東京歴建の選定に携わっておられます。まずは歴史的建造物の持つ魅力について教えてください。
- 光井さん:観光旅行でヨーロッパやアメリカに行ったと想像してみてください。旅先では、その土地ならではの美味しい料理を味わうのもいいですが、ただ街を歩いている時間もすばらしいですよね。観光は英語で「sightseeing(景観を見る)」というように、意識はしていなくても、古い建造物を含んだ景観(sight)を見る(Seeing)ことを楽しんでいるのです。
そう考えると、歴史的建造物の魅力は「形状」だと思います。私たち専門家は、建造物の外観だけでなく内部空間、見えない構造、建築技術などすべての面で評価をしますが、見学する方にとって重要なのは「カタチ」だと思います。特に一般の方が見られる公共的な歴史的建造物であれば、外から見える姿カタチ、中に入って味わえる空間のカタチが一番の魅力ではないでしょうか。
- 文化財などと比較したときの、「東京歴建」ならではの特徴は何ですか?
- 光井さん:文化財は建造物本体の文化的価値全てを重視するのに対し、東京歴建は「その街のその場所にずっとあること」を重視します。文化財であれば、移築されても建造物自体は変わらず評価されます。一方で東京歴建は、「その場所にあること」を重視するため、移築されたものは選定基準から外れてしまいます。しかし、改築や改造がされていても、地域の方々に「この街といえば、この建造物だよね」と認識されていれば、選定される可能性があります。
歴史的建造物の一番の特徴は、いつでも誰でも見られるという「公共性」です。行ったことがない方でも、名前を聞いたり写真を見たりすれば、「この建造物があるのはあそこだ」と、そのシーンを想像できること。例えば『日比谷公会堂』と聞けば、多くの方が同じ場所、同じ建造物をイメージするでしょう。
記憶に残る建造物が受け継がれていくことで、みなさんにとって思い出のシーンも守られていくのではないでしょうか。そのような想いを込めて、「東京歴建」を選定しています。
- 歴史的建造物を保全していこうという考えは以前からありましたか?
- 光井さん:日本の高度経済成長期は、古いものを壊して新しいものをつくる「スクラップアンドビルド」がメインでした。
古い建造物の価値は意識されておらず、「京都や奈良にある特別なもの」という意識が強かったです。東京にも近代的な古い建造物がありましたが、多くが取り壊されてしまいました。取り壊されてはじめて、「あの建造物があったから、あの景観があった」と気づくことも少なくありませんでした。
ターニングポイントとなったのは、1987年に起こった東京駅レンガ駅舎保存問題です。当初はレンガ駅舎を取り壊し高層ビルにする計画もありましたが、それが世論を巻き込む大論争になったのです。この問題をきっかけに、新しい建造物をつくるだけでなく、古い建造物を保存・活用していく考えも大切にされるようになっていきました。
その頃、多くの人がヨーロッパ旅行に行き、景観の素晴らしさに気づいたことも大きかったと思います。海外に行ったからこそ、「日本にもすばらしいものが残っているのではないか」と気づいたわけです。「古い建造物を壊さずに活用することが重要ではないか、古い建造物がある風景自体が街の個性になるのではないか」という考えが浸透していきました。
- 古い建造物こそが、その街の景観をつくっていくということですね。
- 光井さん:はい。例えば丸の内という街の風景を聞かれたら、多くの人は東京駅のレンガ駅舎やその周辺の風景をイメージすると思います。築地や高輪も、古い建造物こそが街の印象をつくっていますよね。
だからこそ、多くの人が潜在的に気づいていながらも意識していなかった古い建造物を「東京歴建」として選定することに意味があると考えています。「その街の、その地域のイメージを決めていたのはこの建造物なのだ」と共通認識を持てるようになることが、東京歴建になることの良さではないでしょうか。
東京都では、新しい景観計画を策定し、都内の至るところで新しい景観をつくりだそうとしています。その際は古い建造物が新しい景観をつくるときの「種」になります。戦前の東京駅周辺は、建築高さが100尺(約33メートル)で揃った整然とした街並みでした。現在の東京駅周辺のビルはそれよりもはるかに高くなっていますが、いずれも外観デザインには100尺のラインが意図的に施されています。つまり、歴史性が新しい街並み景観を創り出しているのです。
古い建造物は、それ自体に魅力があるだけでなく、新しい景観をつくっていくときの「種」にもなる。それこそが歴史的建造物の持つ大きな魅力です。