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東京歴建の裏側にある物語や想いをご紹介。

東京都景観審議会 会長
光井 渉 さん 

東京の景観を守り育てたい|東京歴建の選定にかける想いとは

東京の景観を守り育てたい|東京歴建の選定にかける想いとは

INTERVIEW

高度経済成長期、東京では街の至るところで、古い建物が壊され新しい建物がつくられました。
しかし、時代が進むにつれ、歴史的建造物を保全・活用しようという考えが広まってきています。
では、歴史的建造物を残すことの意味とは何なのでしょうか。

東京都は、歴史的な価値を有する建造物のうち、景観上重要なものを「東京都選定歴史的建造物(以下、東京歴建)」に選定しています。その東京歴建の選定に携わっている東京都景観審議会 会長の光井 渉さんにお話を伺い、歴史的建造物の魅力や役割、保全の難しさ、「With!東京歴建プロジェクト」への期待などを語っていただきました。
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東京の景観を守り育てたい|東京歴建の選定にかける想いとは

光井 渉 さん
東京藝術大学
美術学部長・大学院美術研究科長
美術学部 建築科 教授
東京都景観審議会 会長

歴史的建造物が街に存在することの価値を知ってほしい

光井さんは、長年にわたり東京歴建の選定に携わっておられます。まずは歴史的建造物の持つ魅力について教えてください。
光井さん:観光旅行でヨーロッパやアメリカに行ったと想像してみてください。旅先では、その土地ならではの美味しい料理を味わうのもいいですが、ただ街を歩いている時間もすばらしいですよね。観光は英語で「sightseeing(景観を見る)」というように、意識はしていなくても、古い建造物を含んだ景観(sight)を見る(Seeing)ことを楽しんでいるのです。

そう考えると、歴史的建造物の魅力は「形状」だと思います。私たち専門家は、建造物の外観だけでなく内部空間、見えない構造、建築技術などすべての面で評価をしますが、見学する方にとって重要なのは「カタチ」だと思います。特に一般の方が見られる公共的な歴史的建造物であれば、外から見える姿カタチ、中に入って味わえる空間のカタチが一番の魅力ではないでしょうか。
文化財などと比較したときの、「東京歴建」ならではの特徴は何ですか?
光井さん:文化財は建造物本体の文化的価値全てを重視するのに対し、東京歴建は「その街のその場所にずっとあること」を重視します。文化財であれば、移築されても建造物自体は変わらず評価されます。一方で東京歴建は、「その場所にあること」を重視するため、移築されたものは選定基準から外れてしまいます。しかし、改築や改造がされていても、地域の方々に「この街といえば、この建造物だよね」と認識されていれば、選定される可能性があります。

歴史的建造物の一番の特徴は、いつでも誰でも見られるという「公共性」です。行ったことがない方でも、名前を聞いたり写真を見たりすれば、「この建造物があるのはあそこだ」と、そのシーンを想像できること。例えば『日比谷公会堂』と聞けば、多くの方が同じ場所、同じ建造物をイメージするでしょう。
記憶に残る建造物が受け継がれていくことで、みなさんにとって思い出のシーンも守られていくのではないでしょうか。そのような想いを込めて、「東京歴建」を選定しています。
歴史的建造物を保全していこうという考えは以前からありましたか?
光井さん:日本の高度経済成長期は、古いものを壊して新しいものをつくる「スクラップアンドビルド」がメインでした。

古い建造物の価値は意識されておらず、「京都や奈良にある特別なもの」という意識が強かったです。東京にも近代的な古い建造物がありましたが、多くが取り壊されてしまいました。取り壊されてはじめて、「あの建造物があったから、あの景観があった」と気づくことも少なくありませんでした。

ターニングポイントとなったのは、1987年に起こった東京駅レンガ駅舎保存問題です。当初はレンガ駅舎を取り壊し高層ビルにする計画もありましたが、それが世論を巻き込む大論争になったのです。この問題をきっかけに、新しい建造物をつくるだけでなく、古い建造物を保存・活用していく考えも大切にされるようになっていきました。

その頃、多くの人がヨーロッパ旅行に行き、景観の素晴らしさに気づいたことも大きかったと思います。海外に行ったからこそ、「日本にもすばらしいものが残っているのではないか」と気づいたわけです。「古い建造物を壊さずに活用することが重要ではないか、古い建造物がある風景自体が街の個性になるのではないか」という考えが浸透していきました。
古い建造物こそが、その街の景観をつくっていくということですね。
光井さん:はい。例えば丸の内という街の風景を聞かれたら、多くの人は東京駅のレンガ駅舎やその周辺の風景をイメージすると思います。築地や高輪も、古い建造物こそが街の印象をつくっていますよね。

だからこそ、多くの人が潜在的に気づいていながらも意識していなかった古い建造物を「東京歴建」として選定することに意味があると考えています。「その街の、その地域のイメージを決めていたのはこの建造物なのだ」と共通認識を持てるようになることが、東京歴建になることの良さではないでしょうか。

東京都では、新しい景観計画を策定し、都内の至るところで新しい景観をつくりだそうとしています。その際は古い建造物が新しい景観をつくるときの「種」になります。戦前の東京駅周辺は、建築高さが100尺(約33メートル)で揃った整然とした街並みでした。現在の東京駅周辺のビルはそれよりもはるかに高くなっていますが、いずれも外観デザインには100尺のラインが意図的に施されています。つまり、歴史性が新しい街並み景観を創り出しているのです。

古い建造物は、それ自体に魅力があるだけでなく、新しい景観をつくっていくときの「種」にもなる。それこそが歴史的建造物の持つ大きな魅力です。
東京の景観を守り育てたい|東京歴建の選定にかける想いとは

歴史的建造物を保全し、後世に残していくためには

歴史的建造物保全への理解が深まってきたことが分かりました。一方で、保全する際には、どのような課題があるのでしょうか?
光井さん:歴史的建造物の保全には大きく三つの課題があります。一点目として、一番大きいのは資金の問題です。建造物は、定期的に大きく手を入れないと壊れてしまいます。しかし、スクラップビルド(古いものを壊して、新しいものをつくる)の考えでは、建造物の補修にお金がかかるという認識がありませんでした。この問題を解決するためには、「建造物の保全にはそれなりの費用がかかる」という認識を広めていくことが重要です。

二点目は、制度にまつわる問題です。歴史的建造物は、建てられた当時の法的な仕組みに基づいてつくられており、仕組み自体が変わっていることがあります。当時の制度では最大容積でも、今の制度ではさらに大きな容積に建て替えられるとなれば、低い容積の建造物を保全し続けること自体が経済的な損失だという声も出てきます。

これについては「特例容積率適用地区制度(2001年5月制定)」という容積を他に移して使う制度もあります。歴史的建造物の未利用の容積率を活用し、建造物の保存と土地の高度利用を図ろうというものですが、それだけでは解決できないケースもあります。資金も問題も含め、経済的観点から古い建造物の維持は難しいのです。

三点目は、個人の所有者の場合の問題です。所有者の方から、「建造物は好きで資金も何とかなるが、文化財や東京歴建の選定は受けたくない」という声をよく聞きます。その理由は、子どもや孫に制約があるものを相続したくないというものです。そう話す所有者はとても多く、本音なのだろうと思います。

このように、資金面と制度面、そして制約されたくないという三点が、歴史的建造物を保全していく上での課題となっています。
保全の技術面ではいかがでしょうか?
光井さん:この10~20年の間で、構造計算方法や補強方法などの保全技術は大きく向上しました。資金の問題さえクリアできれば、建造物の安全性や消防上の問題を解決できるケースは増えています。

だからこそ、東京都が「東京歴建」を選定し、建造物の希少性や魅力をアピールしていくことは重要だと思います。東京歴建への選定だけですべての問題は解決できませんが、人々の意識が変わることで、東京の景観を守り育てていくための一助になってほしいと思います。
東京の景観を守り育てたい|東京歴建の選定にかける想いとは

「With!東京歴建プロジェクト」への期待、東京歴建の楽しみ方

2024年春から「With!東京歴建プロジェクト」がスタートします。この取組みに何を期待しますか?
光井さん:歴史的建造物や、それが織りなす景観を見たとき、「なんとなくいいな」と感じる方は多いと思います。ただ「具体的にどこが?」と聞かれるとうまく答えられない方もいるのではないでしょうか。

そんなとき「With!東京歴建プロジェクト」を通じて、「この建造物はここが面白い」「この場所から景観を見てほしい」という情報があれば、その景観をより楽しめると思います。理解の補助線として入口となる情報を提供することで、漠然と見ただけでは分からない建造物の魅力が伝わるのではないでしょうか。

例えば「この建造物は何に使われていたのでしょう?」とクイズ形式で聞かれるだけで想像が膨らみます。そして「実は大きな倉庫でした」と答えを知ったら、当時どんな街だったのだろう?とさらに想像が膨らんでいきますよね。「With!東京歴建プロジェクト」によって、より多くの人が、東京歴建そのものや街の歴史にも興味を持ち理解を深めていただけることを期待しています。
東京歴建を訪れる方へ向けて、おすすめの楽しみ方を教えてください。
光井さん:1分でも2分でもいいので何ヶ所かで立ち止まって、建造物や景観を眺めてみてください。同じ建造物でも見る角度を変えると、受ける印象が大きく変わります。いろいろな角度から建造物を見ながら、その地域に暮らす方々がどういった景観を見ながら生活しているかを考えると面白いと思います。

もう一つの楽しみ方は、東京歴建がつくられた当時はどんな街だったのだろうと想像してみることです。そのエリアが長い時間を経てどう変遷してきたのか、建造物や景観を眺めながら想いを馳せてみてください。
最後に、光井さんイチオシの東京歴建を教えてください。
光井さん:おすすめはたくさんありますが、一つ挙げるなら『東京都慰霊堂』です。これは関東大震災を慰霊するモニュメンタルな施設ですが、建造物として傑作であり、見る角度によって受ける印象が大きく変わる建造物です。お寺の塔や城郭といった日本建築のさまざまな要素を取り入れつつも破綻せず、ヨーロッパの教会のようなつくりになっています。

建物ではなく橋ですが、『白髭橋』も好きですね。橋を訪れた際は、自転車や徒歩で橋を渡っていただきたいです。橋というのは、二つのエリアをつないでいます。橋を渡るときには、景色が変わる瞬間を楽しんでください。そして渡り終えたら、橋から少し離れた場所から橋全体を見てください。そこで「橋によってこんなに形状が異なる」「こんなに違うエリアをつないでいる」というのを肌で感じていただきたいですね。

これ以外にも、一つひとつの東京歴建に魅力があり、訪れることで新たな発見があると思います。いろいろな東京歴建を訪れ、自分なりに楽しんでいただけたら嬉しいですね。
東京の景観を守り育てたい|東京歴建の選定にかける想いとは 東京都慰霊堂
東京の景観を守り育てたい|東京歴建の選定にかける想いとは

東京の景観を守り育てたい|東京歴建の選定にかける想いとは

光井 渉 さん
東京藝術大学
美術学部長・大学院美術研究科長
美術学部 建築科 教授
東京都景観審議会 会長

インタビューを終えて

光井先生にお話を伺い、東京歴建を含め歴史的建造物への愛があふれているのを感じました。取材中には、このインタビューで紹介した内容の他にも、多くの建物の魅力や裏話をたくさん語ってくださいました。お話を伺う中で、訪れてみたい東京歴建がさらに増えました。
光井先生曰く、「建物や芸術を見るときは一人がおすすめ」とのこと。その理由は一人で行けば「10」見られるはずが、何人かで行くと話したり相手を気づかったりで「5」しか見なくなってしまうからだそうです。もちろん複数人なりの楽しみ方もありますが、東京歴建の魅力をじっくり味わいたいなら、まずはおひとりで出かけてみてはいかがでしょうか。

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