小笠原伯爵邸
渡辺 美智子 さん
当時の生活に想いを馳せてほしい|『小笠原伯爵邸』にみる東京歴建の楽しみ方
東京都では、歴史的な価値を有する建造物のうち、景観上重要なものを「東京都選定歴史的建造物(東京歴建)」に選定しています。こうした東京歴建に指定されている建物は、どういった方々がどんな想いを持って維持管理をされているのでしょうか。
今回は、新宿区河田町にある『小笠原伯爵邸(旧小笠原邸)』を訪問し、総支配人の渡辺 美智子さんにお話を伺いました。廃墟同然だった建物の修復に手を挙げた理由、『小笠原伯爵邸(旧小笠原邸)』を維持管理する中でのやりがいや難しさ、「With!東京歴建プロジェクト」への期待などを語っていただきました。
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ビジネス的なチャンスというより、使命感からのチャレンジだった
- まずは、インターナショナル青和株式会社さんが『旧小笠原邸』の修復に関わることになった経緯からお伺いしていきます。
- 渡辺さん:『旧小笠原邸』が修復されることになったのは、都営大江戸線が開通することになり、新宿区河田町エリアが再開発されることになったのがきっかけです。当時、この建物は今の状態からは程遠く、廃屋のような状態。建物を所有する東京都でもどう扱うべきかを考え、有識者を交えつつ検討したところ、「こんな素晴らしい建物はぜひ保存すべき」という結論になったそうです。そして、修復や運営管理は「PFI(Private Finance Initiative)」という手法が採用され、私たちもその情報を知ることになりました。
- 修復前の建物を見たときはどういった印象を持ちましたか?
- 渡辺さん:初めて建物内に足を踏み入れた際は、「そうか、こんな状況か」とショックを受けました。戦後はGHQに接収されるなどいろいろな人に使われてきたこと、ここ30年ほどは誰も住まずほぼ廃屋となっていたことから、建物はかなり傷んでいました。家具もほとんど残っておらず、食堂の大テーブルが唯一残っていただけ。修復して事業に利用できるようにするにはどれくらいの費用と時間が掛かるのだろうと思ったのが正直なところです。
- 建物の状況を見て、PFI事業への入札を断念した企業もあったそうです。最終的に修復に手を挙げた決め手は何ですか?
- 渡辺さん:『旧小笠原邸』の建物の歴史を調べていく中で、日本初かつ戦前最大の民間建築事務所「曽禰中條建築事務所(そねちゅうじょうけんちくじむしょ)」によって設計されたものだと知りました。調査を進める過程で小笠原家の親戚と出会い、この建物の設計者の玄孫さんをご紹介いただく幸運にも恵まれました。ここで暮らしていた方々についての理解を深める中で、ぜひ修復したいと考えるようになったのです。
また、弊社の社風として、歴史を紐解きながら何かを創り上げていくのが好きだというのも大きな理由です。「利益が出るか分からないけれど、最大の事業として取り組みたい」という声も出てきて、ビジネスというより半ば使命感からチャレンジすることを決めました。
- 修復工事の過程も大変だったと伺いました。
- 渡辺さん:修復工事を進めていく際に、「新しいものにしない」と決めました。あちらこちら傷んでいましたが、建物の各所に美しさが残っていました。この魅力を活かしつつ、どう再生していくかが大きなテーマでした。設計者の玄孫さんをリーダーに据え、各分野の専門家にも相談しながら工事を進めました。石が欠けていたら、どこの石なのかを専門家に問い合わせ、できるだけ近いものを調達する。大理石をどこまで磨き直すべきか最善を検討する。図面を含め建築当時の情報が分からない点も多かったため、一つひとつみんなで相談しながら、時間をかけて修復していきました。
家具はほとんどなくなっていたため、トルコからヨーロッパなど世界中のアンティークショップを巡り、各部屋の雰囲気に合う照明器具や装飾、家具などを買い付けました。必要に応じて手作りのものもあります。
鉄細工には赤さびがついていましたが、取り除いて新しくしてしまうと当時の雰囲気が出なくなってしまいます。蜜蝋(みつろう)で磨くと鉄を渋く光らせることができると聞き、ボランティアを募り、主婦の方から建築学科の学生さんまで、毎週末さまざまな方に手伝っていただきました。当時かかわっていただいた方々の中には今でも遊びに来てくださる方や、ここでのご縁で結婚された方など、さまざまなつながりが生まれています。
このように専門家からボランティアまでさまざまな方々の協力を得ながら、2年半に及ぶ修復工事を終え、『小笠原伯爵邸』として現在の姿に甦りました。
昭和初期の歴史を聞きながら、当時の生活に想いを馳せて
- 修復工事を終え、オープンした際の反響はいかがでしたか?
- 渡辺さん:昭和初期の貴重な建物が甦ったことで、四大紙を含む新聞や雑誌などさまざまな媒体に取り上げていただきました。そのおかげで、オープン当初から多くの反響がありました。近所にお住いの方は「こんなきれいに甦ったのか」と喜んでくださり、遠方からはるばるお越しいただいた方もいらっしゃいました。古い建物が好きな方や、修復工事を助けてくださったボランティアの方など、多くの方にお越しいただきました。
リニューアルオープンから20年経った今でも、若いお客様はもちろん、年配のお客様も多くお越しいただきます。レストランやカフェ、ウエディングなどさまざまな形で利用できることも、長年にわたり多くの方に愛されている理由だと思います。
- 20年以上維持管理を続けている中で、やりがいを感じる瞬間はどのようなときですか?
- 渡辺さん:『小笠原伯爵邸』にいらっしゃったお客様とはよくお話をします。希望されたお客様には館内のご案内するのですが、その際はこの建物に住んでいた方々の生活についても説明しています。会話することで、当時の営みに想いを馳せることができます。見学された方からも「当時どんな会話をしていたのか、どんな食事をしていたのか、想像を膨らませながら体感できるのがいいですね」という言葉をいただきます。こうしたやりとりが、維持管理をする上での大きなやりがいとなっています。
- 『小笠原伯爵邸』を見学したい場合、どうすればいいですか?
- 渡辺さん:『小笠原伯爵邸』にはいろいろな利用の仕方があります。例えばレストランをご利用いただいたら、お食事の後に建物内をご案内します。カフェ利用の場合、レストランの営業時間外であれば自由に見学をしていただけます。小笠原伯爵邸を貸切にしてウエディングパーティをしていただくことも可能です。まずは外観だけでも見てみたいという方であれば、営業時間中であっても正面玄関口側はご覧いただけます。
弊社スタッフは、最初にこの建物の歴史や特徴を学ぶところからスタートします。どのスタッフでも説明できますので、興味をお持ちいただいた方は、ぜひレストランをご利用いただき建物案内をお申し付けください。
興味を持った方は、ぜひ足を運んでみてほしい
- 『小笠原伯爵邸』は、2004年3月に「東京歴建」に選定されました。
- 渡辺さん:東京歴建に選ばれたことをきっかけに『小笠原伯爵邸』を知ってくださる方が増えたら嬉しく思います。東京都には、魅力的な建物がたくさんあり、それぞれに歴史があります。そのような建物や歴史を知ることで、より身近に感じていただければ、今まで以上に心豊かな生活を送れるのではないでしょうか。東京歴建が、これまで気づかなかった魅力を改めて知るきっかけになることを期待しています。
- 歴史ある建物を保全していく難しさもあると思います。
- 渡辺さん:2002年のオープン以降も、修復作業はずっと続いています。外壁の装飾はオープン後も工事を継続していましたし、日々運営を続ける中でどうしても建物のあちらこちらが傷んできます。昔のものを維持していくのは年々難しくなっており、ガラス1枚、ドアノブ1つを変えるだけでも、同じ部品が手に入らないことも多いです。しかし、昔から『小笠原伯爵邸』を守ってきてくれた方のためにも、これから訪れてくれる方のためにも、できるだけ当時の雰囲気を残していきたいと思っています。
- 最後に『小笠原伯爵邸』に興味を持たれた方に向けて、メッセージをお願いします。
- 渡辺さん:『小笠原伯爵邸』は歴史のある建物ですが、決して敷居の高いお店ではありません。カフェは予約なしで利用できますし、ご近所の方もよく来てくださいます。ガーデンでは四季折々でさまざまな花を楽しめますし、春にはパティオ(中庭)のモッコウバラが見頃を迎えます。百聞は一見に如かず、まずは足を運んでいただき、当時の雰囲気に想いを馳せていただきたいですね。季節ごとにさまざまな楽しみ方ができますので、気軽にお越しいただき、その時々の雰囲気を感じてください。