神田まつや
小高 孝之 さん
140年の風情と味を守り継ぐ|東京歴建『神田まつや』四代目店主に聞く
1884年(明治17年)に創業し、2024年に140周年を迎えた東京・神田の老舗蕎麦処『神田まつや』。関東大震災後に建て直された昭和初期の商家造りの建物は、当時の趣を残しながら現役の店舗として活躍しています。
『神田まつや』を含む近隣の店舗は、2001年に東京都選定歴史的建造物(以下、東京歴建)に選定されました。今回は、2019年より店主を務める四代目・小高孝之(こだかたかゆき)さんにお話を伺いました。
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代々受け継がれてきた蕎麦店の歴史
- はじめに、小高さんが『神田まつや』で働き始めた経緯を教えてください。
- 小高さん:物心ついたときにはお店を手伝っていました。特に大晦日は年越しそばで大忙しだったので、家族総出で働く中で幼い自分でもできる仕事をしていました。小学校高学年の頃には、池波正太郎先生のご自宅にお蕎麦を届けていました。高校生の頃は、部活が忙しく休みのときに手伝う程度でしたが、お店で働くことは生活の一部でした。
正式に働くことになったのは、大学卒業後です。企業には就職せず、父であり三代目店主・小高登志のもとで修行することになりました。昔から店を手伝っていたものの、朝の掃除やゴミ捨てなど、まずは下っ端の仕事から始めました。それから2年ほど経ち、蕎麦の手打ちを任せてもらえるようになりました。
- 2001年に東京歴建に選定された経緯を教えてください。
- 小高さん:神田須田町一帯には古いお店が多く残っていて、『いせ源』や『ぼたん』、『竹むら』、『藪蕎麦(滅失のため2013年解除)』という近隣の店舗と一緒に選ばれました。東京歴建は、それまでビルや橋が選定されていて、私たちのような一般の民家が選定されたのは初めてでした。このような事実を含めて、選定されると聞いたときは大変驚きました。
一方で父が心配していたのが、建物を維持管理する上でいろいろな制約ができるのではということです。万が一建て直しや外観の修理が必要になった場合、自分たちだけで何も決められなくなってしまうと困るだろうと話していました。しかし、詳しく確かめた結果、外観を大きく変える工事でなければ大丈夫なこと、状況が変われば選定から外れることも可能だということがわかり、それならと選定を受けることになりました。
- 東京歴建に選定されてからの周囲の反応はいかがでしたか?
- 小高さん:建物に関する取材が増えました。食事だけでなく、建物を目当てにお越しくださるお客様も増えた印象があります。自分たちは当たり前のようにずっと暮らしてきましたが、世間の人が興味を持つ建物の一つだと改めて認識しました。こんなに注目されるのだと感じたのが正直な感想です。
歴史的建造物を守る日々の挑戦
- 歴史ある建物を維持する上での苦労を教えてください。
- 小高さん:古い建物ゆえの苦労はあります。例えば厨房内に冷暖房が設置されていないので、夏はとても暑いですし、冬も火を使って室温が上がるまでは大変です。最近は猛暑ですから、首元を冷やせる暑さ対策グッズをみんなに買って何とかしのいでいます。
また、一般的な民家とは違い多くのお客様が利用される建物だからこそ、日々さまざまなところが傷みます。毎日の営業を続けながら、こうした箇所の修理や修繕をするのも簡単ではありません。
- 伝統的な意匠を守る上での課題はありますか?
- 小高さん:昔ながらの雰囲気を残しながら維持するのも難しい問題です。例えば以前、正面外観の雨樋を修理したのですが、当初は費用のかからないプラスチック製のものにしようとしたところ、全く雰囲気に合いませんでした。そこで昔ながらの銅製のものにしたのですが、うまく復元できたものの費用はそれなりに掛かりました。雨樋の端に「マツヤ」と入れるなど細かい細工もしているので、ぜひご覧ください。最終的な出来栄えには満足していますが、維持管理の費用は今後も問題になると考えています。
以前は正面の窓の一部にステンドグラスが入っていました。日光が店内に差し込むとカラフルですばらしい雰囲気でしたが、あるときガラスの一枚が割れてしまいました。同じものはもう作れないと言われてしまい、仕方なく普通の窓ガラスに変更しました。当時から時間が経ち、技術も進化していますので、今だったらステンドグラスを復元できるのでは、と考えています。
- With! 東京歴建PROJECTに期待することを教えてください。
- 小高さん:建物の維持管理や修繕に関するさまざまな情報を発信してほしいです。例えば外観を修繕することを考えたとき、どんな方法があるのか、どれくらいの費用が掛かるのか、どんな助成があるのかを調べるのは容易ではありません。特に、店舗の営業と並行して時間を確保するのはなかなか大変です。こうした情報をまとめて発信していただければ非常にありがたいです。
変わり続けることで守る「店の味」
- 『神田まつや』にお越しいただく方に伝えたいことは何ですか?
- 小高さん:毎日のように来てくださるお客様も、長年にわたり足を運んでくださるお客様もいます。ずっとお越しいただけるということは、居心地の良さを感じていただけているのでしょう。そんな空間はこれからもずっと大切にしたいですし、はじめてお越しいただくお客様にも居心地の良さを感じてほしいです。
- 140年続く老舗として大切にしていることは何ですか?
- 小高さん:私の考えですが、飲食店はそれぞれ「店の味」というものを持っています。代が替われば、当然ながら味は変わります。父のときと私のときでも味は違っているでしょう。例えば醤油一つをとっても昔と今では味が変わっていますから、同じにならないのは自然なことです。でも私たちは、「店の味」に近づけられるよう、日々試行錯誤を続けています。これは、長くお店を続けることの難しさであり魅力かもしれません。お客様に「変わらないね」と思っていただけるよう、私たちは変わり続けていきたいと思います。