ぼたん
城一 泰貴 さん
歴史を守り、未来を創る|東京歴建『鳥すき屋 ぼたん』店主に聞く
1897年(明治30年)の開業以来、神田須田町で鳥すきやきの味を守り続ける『ぼたん』。1923年(大正12年)の関東大震災で焼失後、1929年(昭和4年)に現在の建物が完成し、2029年には築100年を迎えます。
店舗のある神田須田町は、東京大空襲を奇跡的に免れた地域として知られ、『ぼたん』を含む4店舗が、2001年に東京都選定歴史的建造物(以下、東京歴建)に選定されています。今回は、『ぼたん』の店主を務める城一 泰貴(じょういち やすたか)さんにお話を伺いました。
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商社マンから老舗料亭の継承者へ
- 城一さんと『ぼたん』との出会いを教えてください。
- 城一さん:商社で働いていた私が『ぼたん』と出会ったのは、先代の長女である妻との結婚の挨拶でこの店を訪れたときでした。実は商社時代に木材を扱っていた経験があり、建築資材には多少の知識がありました。初めてこの建物を見たとき、その本格的な造りに驚きを隠せませんでした。また、その日に初めて口にした鳥すきやきの味と、提供方法の完成度の高さに感銘を受けたことを今でも鮮明に覚えています。
- 建物のどのような点に感銘を受けられましたか。
- 城一さん:床柱から梁材、建具、窓ガラスに至るまで、建物のあらゆる部分に最高級の素材が用いられています。入社後に知ったことですが、関東大震災後の再建に約5年もの歳月をかけたそうです。周辺の店舗が1〜2年程度で再建を終えた中で、建材の調達から施工まで、徹底的にこだわり抜いた当主の想いが伝わってきます。
- 2001年の東京歴建選定について、どのようにお考えですか。
- 城一さん:神田須田町の複数の店舗が同時に選定されたと聞いています。このエリアは東京大空襲を免れ、その後も代々店舗が受け継がれてきました。選定には保全していく責任も伴いますが、このエリアの店舗が共に歩んでいく覚悟を決めた瞬間だったと理解しています。
日々の営業と保全の両立
- 『ぼたん』で働き始めてからの印象をお聞かせください。
- 城一さん:古い建物ならではの難しさを日々感じています。例えば急勾配の階段は、2階のお客様にビールを1本お届けするだけでも、1階に降りて再び上がるという動線となり、慣れるまでは体力的に相当厳しいものがありました。
一方で、長い歴史があるからこその素晴らしい出会いもあります。長年にわたって通ってくださるお客様から、私の知らないお店の歴史や先代たちの思い出話を伺うことも多く、そういった会話を通じて、私自身も建物の歴史に深く触れることができました。
- 歴史的建造物の保全について、どのような課題がありますか。
- 城一さん:一般の住宅と異なり、日々多くのお客様をお迎えし、スタッフが店内を動き回る商業施設なので、毎年のように修繕が必要になります。夏季には2週間ほど休業し、大規模な補修工事を実施しています。
最も深刻な課題は、伝統工法を知る職人の減少です。窓ガラスや木材など、建築当時と同じ建材の調達も年々困難になっています。神田須田町で東京歴建に選定されている『いせ源』『神田まつや』『竹むら』とも情報を共有し、職人の確保に努めていますが、営業を続けながら歴史的建造物を維持していくことは、年々難しさを増しています。
- 木造建築ならではの保全上の課題もあるのでしょうか。
- 城一さん:最も警戒しているのは火災です。鳥すきやきは今も全ての座敷で炭火を使用していますので、火の取り扱いには細心の注意を払っています。また、漏電対策として、以前は天井裏を通していた電気配線を目視で確認できる場所に移設するなど、様々な角度から安全管理に取り組んでいます。
未来へ継承する想い
- 来店される方に、この建物の魅力をどのように感じていただきたいですか。
- 城一さん:私自身、最初は「老舗の良さ」をよく分かっていませんでした。しかし、日々この空間で過ごすうちに、長い歴史が紡いできた味わいを理解できるようになりました。毎年欠かさず来店される方、東京にいらした際に必ず足を運んでくださる方、そして生前は池波正太郎氏も頻繁に通ってくださいました。多くの方々に愛され続けてきた空間だからこその魅力を、ぜひ体感していただきたいと思います。
- 建築の見どころについて教えてください。
- 城一さん:天井一つとっても、目透かし天井、船底天井、網代天井など、部屋や廊下ごとに異なる意匠を施しています。床柱から瓦、桁、壁材、床材、式台、欄間の細工に至るまで、すべてが最高級の建材と職人の技によって仕上げられています。
この建物は、約100年前に「鳥すきやき屋」として建てられた専用建築です。以来、幾世代ものお客様が、この空間で食事を楽しんでこられました。同じ空間で同じ料理を味わいながら、昔の方々の営みに思いを馳せていただければ幸いです。
- 最後に、With! 東京歴建PROJECTに期待することを教えてください。
- 城一さん:神田須田町には歴史的な建造物が数多く残っています。現在は各店舗が個別に情報発信を行っていますが、今後は地域全体での取り組みも考えていきたいと思います。このエリアは空襲を免れた稀有な場所です。エリア全体の歴史的な価値を掘り下げ、発信していただければと期待しています。